日本武尊の武勇伝の背景とは?・・・その3
日本武尊が九州で最初に上陸した場所は日向国大淀川のほとりといわれ、その後は険しい山道に入っていくつもの峠を越えたとされています。
これはおそらく日向から大隅、大隅から肥後の方へと向かう旅だったに違いありません。
その後日向から肥後へかけては、一〇世紀に「延喜式」(法律の一種)によって当麻(宮崎県田島)~水俣(熊本県)の間を結ぶ駅路が定められました。
現在では、国道二六八号や九州縦貫自動車道が通っています。
これらの道のもとを作ったのは、はたしてこの山中の草を踏み分けて進んだ日本武尊だったのでしょうか。
それとも日本武尊の時代には、すでに道らしきものがあったのだろうか、想像はつきません。
いずれにしても、こうした神話に登場する行路は、ことごとく現代に実在する道とオーバーラップする例が多く、遥かなる時代を偲ぶ空想の世界へと私たちを導いてくれます。
神話の道と現代の道は、気の遠くなるような永い時を経ても、その時代の人々の足音を聞きながら、静かにそしてたくましく私たちを迎えてくれます。