日本武尊の武勇伝の背景とは?・・・その1
神武天皇が大和で建国を完成してから時代は進み、第一二代景行天皇を父として生まれたのが日本武尊です。
幼名を小碓命といい、『古事記』によれば若いころから相当な暴れん坊だったようです。
それを見込まれてか、彼はわずか一六歳の時にたったひとりで遠い西国へ熊襲退治にやられています。
熊襲とはそのころ、九州南部で勢力を持っていた熊襲建兄弟の率いる部族で、つわものぞろいの評判でした。
しかし、彼は女装という奇想天外な方法で熊襲に近づき、あっさりと討ち負かしてしまいます。
一六歳の少年の女装姿はよほどかわいらしかったのでしょう。
熊襲建兄弟はすっかり油断してしまい、そばに近づけてしまったのかもしれません。
このとき剣で突かれ、まさに息絶えんばかりとなった熊襲建は、「私のようなつわものを討ち負かしたあなたこそ、日本一の英雄です。
これからはヤマトタケル(倭建、または日本武尊と記す)と名乗って下さい」と言ってこと切れたといいます。